タイムパラドックス:終わらない旋律
夜の帳が下りた都市の片隅、古びたジャズクラブ「時の回廊」。そこでトランペットを奏でる男、名はリュウ。
彼の音楽は、聴く者の心を深く揺さぶる、どこか物悲しい旋律を帯びていた。
リュウは毎晩、同じ曲を演奏していた。「失われた時への子守唄」。かつて愛した女性、アキを失った悲しみを音に変えた曲だった。
ある夜、演奏が終わると、見慣れない男がリュウに近づいてきた。男は奇妙な機械を手に持ち、こう言った。「私は時間管理局の者だ。あなたの音楽が、時間の流れに異常を引き起こしている」
リュウは半信半疑だったが、男は続けた。「あなたの音楽は、過去の特定の時点に共鳴し、時間軸を歪めている。特に、アキが亡くなった日に…」
時間逆行の始まり
男はリュウに、アキが交通事故で亡くなった日の出来事を詳しく語らせた。そして、リュウの音楽が、その日の記憶を増幅させ、時間逆行現象を引き起こしていることを説明した。
「時間逆行現象とは?」リュウは尋ねた。
「簡単に言えば、時間が巻き戻る現象だ。あなたの音楽を聴いた人々は、無意識のうちに過去の記憶に引き戻され、その日の感情を追体験する。そして、その感情が、さらに時間軸を歪めていく」
男はリュウに、時間逆行現象を止めるために協力してほしいと頼んだ。そのためには、「失われた時への子守唄」を演奏するのをやめるしかない、と。
リュウは苦悩した。アキを想う気持ちを表現する唯一の手段を手放すことなど、考えられなかった。しかし、彼の音楽が、人々に苦しみを与え、時間軸を歪めているという事実は、彼を深く苦しめた。
葛藤と決断
数日間、リュウは演奏をやめた。しかし、アキへの想いは募るばかりで、彼はいてもたってもいられなくなった。そして、再び「時の回廊」に戻り、トランペットを手に取った。
その夜、リュウは「失われた時への子守唄」を演奏し始めた。しかし、以前とは違う、希望に満ちた旋律を奏でた。アキとの思い出を悲しみではなく、感謝の気持ちで表現したのだ。
すると、奇妙なことが起こった。時間管理局の男が再び現れ、驚いた表情でリュウを見つめた。「あなたの音楽が、時間軸を修復し始めた。感謝の気持ちが、過去への執着を打ち消し、時間の流れを正常に戻している」
リュウは、音楽の力を改めて認識した。悲しみを癒すだけでなく、時間さえも操ることができるのだと。
終わらないリフレイン
その後も、リュウは「時の回廊」で演奏を続けた。彼の音楽は、聴く者の心を癒し、希望を与えるものへと変わっていった。そして、彼はアキとの思い出を胸に、新たな人生を歩み始めた。
しかし、時折、彼はふと考える。時間管理局の男は、本当に存在したのだろうか? あるいは、それは彼の心の投影だったのだろうか?
いずれにせよ、リュウの音楽は、これからも「時の回廊」で響き続けるだろう。終わりなきリフレインのように。