虚無への帰還：崩壊した時間の物語
冷たい雨がアスファルトを叩きつける。私は廃墟と化した都市の中心に立っていた。かつては賑わいを見せていたこの場所は、今や風の音だけが響く静寂に包まれている。時間の流れが歪み、過去と未来が曖昧になったこの世界で、私はただ一人、彷徨い続けている。
原因は不明だ。ある日突然、都市の一部が消滅し、同時に時間の流れが狂い始めた。人々は混乱し、恐怖におののいた。政府は対策を講じようとしたが、事態は悪化の一途を辿った。そして最終的に、都市は完全に崩壊し、私だけが残された。
私は科学者だった。時間の歪みを研究し、その原因を解明しようとしていた。しかし、研究が進むにつれて、私は恐ろしい事実に気づいた。時間の歪みは、私自身の研究が引き起こしたものだったのだ。
繰り返される旋律：ピアノの音色
崩壊した都市を歩き続けるうちに、私は奇妙な音に気づいた。それはピアノの音色だった。どこからともなく聞こえてくるその音は、私の心を深く揺さぶった。音を辿っていくと、私は古びたコンサートホールに辿り着いた。
ホールの中には、一台のピアノが置かれていた。そして、その前には若い女性が座っていた。彼女は静かにピアノを弾いていた。その旋律は、私がかつて愛した曲だった。
「誰？」私は声をかけた。女性は顔を上げ、私を見た。その目は、深い悲しみに満ちていた。「あなたは…私？」彼女は呟いた。私は息を呑んだ。彼女は、過去の私自身だったのだ。
彼女は、私が研究を始める前の、希望に満ちた私だった。彼女は、私が時間の歪みを引き起こすことを知らない。私は、彼女に警告しようとした。しかし、言葉が出なかった。もし、私が彼女に警告したら、時間の流れはどうなるのだろうか？ すべてが無に帰してしまうのだろうか？
終わりなき悪夢：タイムパラドックス
「あなたは、この先に何が起こるか知っているの？」彼女は私に尋ねた。私は頷いた。「私は、あなたが時間の歪みを引き起こすことを知っている。そして、都市が崩壊することも…」
彼女は目を伏せた。「私は、どうすればいいの？」彼女は泣きそうな声で言った。私は、彼女に何も言えなかった。私は、彼女を救うことができない。なぜなら、彼女は私自身だからだ。
彼女は再びピアノを弾き始めた。旋律は、さらに悲しみを増していた。私は、その音色を聞きながら、自分の罪深さを痛感した。私は、自分の研究によって、彼女の未来を、そして都市の未来を奪ってしまったのだ。
そして、私は再び過去へと戻っていく。彼女に会うために、同じ過ちを繰り返すために。永遠に終わらない悪夢の中で、私は彷徨い続ける。
冷たい雨は降り止まない。崩壊した都市は、静かに私を見つめている。そして、ピアノの旋律だけが、私を慰めるように響き続けている。
