BARにて
「BAR D.U.M.P」のカウンターでマイヤーズラムの3杯目を飲み干すのと同時に店のドアが開いた。
賑やかな2人の客だ。
一人はべガスのフラミンゴ・ロードに立っているような派手目の丈の短いワンピース姿の女。
エルメスバーキンを左手の人差し指でクルクル回しながら振り返り、社長早く早く!とわめいている。
もう一人はその連れの男だった。
光沢感のあるスーツを着こなしていた。
時間は深夜2時30分。
この時間帯、この場所にはギャップがある。
男は愛想笑いもなく無言で店に入って来た。
賑やかになりそうだ。
俺は、グラスをカウンターに置くのと同時にマスターにチェックしてくれと言う合図で軽く相づちを打つようなジェスチャーをした。
一人で飲んでて、賑やかな客が入って来る、そして俺は店を出る。
3回に1度のパターンだったので、最近じゃ私がチェックを頼もうとマスターを見るとすでに計算を始めている。
今日もそうだった。
ラーメン屋
最後のグラスを置いてから30秒で金を払い、俺は「BAR D.U.M.P」を出た。
この後に行く所も決まっていた。
長浜ラーメンの店だ。
長浜ラーメンは塩が効いてあっさり目の豚骨スープで細麺と決まっている。
あっさりなので替え玉が前提の習慣のようだが、飲んだあとの俺は1個で十分だった。
しかし、今回は以前から手書きの張り紙で「つけ麺あります」が気になってたのでソレを注文する事にした。
細麺で長浜系のスープがつけ麺ようにどうカスタマイズされるのかを期待した。
片言の日本語をしゃべる中国人に注文し、俺は待っている間、大連の友人とSKYPEで暇つぶしをしていた。
カウンターの奥にはテーブル席もあり、後ろ姿しか見えなかったがベージュのスーツ姿の女とその向いには顔を酔っぱらって真っ赤にした、これまた「社長」と呼ばれてる男が揉めていた。
お前の店の誰かに財布を抜かれ1円もないだの、お前が知らなくても店の人間がやってるんだから同じ責任だろう、などとそういう会話が聞こえてきた。
すべての意見を受け入れ軽く受け流してる女の対応から店のオーナーのようだった。
同じ発言を何回も繰り返しいる、そして目の前の女に話すような声のボリュームでもない。
かなりのアルコールで脳機能が低下してる状態なんだろう。
どんな状態にしても「社長」と呼ばれる男にはインテリジェンスのカケラもない。
3回目のリピートでその会話にも飽きたので何気に振り返ると男と目があった。
男は私から目の前の女に視線をずらし、声のボリュームを下げ、女と何やら話をして店を出て行った。
同じタイミングでつけ麺がきた。
想像とまったく違うビジュアルだ。
麺は平麺の太麺で色は蕎のようだ。
つけダレは明らかに濃厚魚介スープ。
まずくはないが、テキーラ2杯、ラム3杯を飲んだあとの生もの系の出しはかなりきつかった。
付けダレの中に物体があったのでチャーシューと思い、食べてみるとそれは貝柱だった。
ちょっとしたパニックに陥り怒りさえ感じた・・・。
幸い小盛だったので、すぐに完食出来たが気分が悪くなった・・・。
違う状態の時はおいしく感じるんだろうが・・・。
たまに冒険するとこれだ。全部リバースしていつものラーメンを食べ直したかったがそれは止めた。
無数の世界
時間は2時50分。
俺は店を出て、車を止めてる立体駐車に向かった。
向かう途中、代行運転会社に連絡を入れ迎えを頼んだ。
ラーメン店の向いに駐車場はある。
立体駐車場のフロントで代行屋を待っている間、またもや別の「社長」と呼ばれる男と女の二人組がいた。
3組目だ。
火曜日はそういう日なんだろうか。
女はシワシワの肩が丸く膨らんでる白い安っぽい丈の短いドレス姿。
露出してる肌は虫さされがひどく不快だ。
昭和のローカルな場末のスナックにいるような安っぽさがある。
「社長」と呼ばれる男もクタクタのシャツでフラフラとしている様子だった。
細身の体系がさらに貧相さに輪をかけている。
お互いフラフラのそのカップルは片方がヨロケルと片方が手を引っぱり体勢を持ち直すようなイベントを行っていた。
視界に入るだけでもアルコールハラスメントに思える。
ふと、男が自動販売機でジュースを買おうとまるで、そこに引力があるかのような動きで自販機に近づいていった。
やはり、かなりのアルコール摂取量のようだ。
そして、長い時間飲んでいるのだろうか。
恐らく、アルコールの分解が体内である程度進む過程で生成されたアセトアルデヒドによって軽い脱水症状に至り水分を欲しているようだ。
男がボタンを押そうとした時、場末の女が、社長!今日くらい私がおごるよ、と詰め寄っていった。
その細かいどーでもいい、110円のせめぎ合いが始まった。
彼らを見て俺は世界は1つじゃなく無数にあるのだと感じた。
行く先々で「社長」と呼ばれる男が繰り広げるイベントに遭遇した1日だった。
5分がたち、代行屋が到着した。
俺は運転代行の男に行き先を告げキーを渡し、カゴマチドオリを後にした。